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書評、日記、断片

日記 2020/11/25

2020/11/25 「6時48分→7時31分」

 

朝、と書いてから、早朝と書き直そうとしたけれどやっぱりやめてまた朝と書き直した。現在時刻は6時48分。この時間を早朝と取るには遅過ぎると思えたからだ。でも、この時間は自分にしてみればかなり早い方だから早朝と書きそうになったのだと思う。朝の6時過ぎに家を出るなんて久方ぶりだ。

 

今日は授業の手伝いがあるから朝から出て、今は電車に乗っている。眠っていない。昨日から徹夜で今にいたっている。本当は4時頃までには寝ようと思っていたのだけど、寝坊したくないからやめた。徹夜をするのは久しぶりかもしれない。ちょっとわからない。でも朝に活動するのは久しぶりだから新鮮な気持ちがある。薄青いようなまだ白いような空とひんやりした外気。満員電車。俯く顔が並ぶ座席、車内。これは特に新鮮ではない。とりわけ老人、あるいは老人に差し掛かった男性の疲労したような顔を見ると、自分の将来について恐ろしい気持ちになる。もちろんその彼も人生を彼なりに楽しんでいて、ただ自分の眼には実際以上に疲弊したように見えるだけなのかもしれないが、どちらにしても恐ろしいことには変わりはない。

 

車内に細い冷気が入り込んで来るのがわかる。換気のために窓を少し開けているから、外気が漏れこんでくるのだ。もう冬だから開けていると少し寒いが、この状況では仕方がない。でももっと寒くなっても、そんな仕方がないで割り切れるだろうかとは思う。

 

停車。住宅地にある駅。通勤の会社員がどっさりと乗り込んでくる。あっという間に隙間が埋まり、密が生まれる。肩と肩が接し合い、背中と背中を引っ付け合う。もう誰も電車内での密など気にしてはいない。気にしてはいられない。

 

また停車。長い名前の駅。少し人が降りて車内には余裕が出来る。自分は座っているから他人事だ。窓際の二人掛けの席に座っているから、窓外の景色でこの圧迫感のある閉塞空間でも苦もなく耐えられる。むしろ快適なほど。ふと目線を滑らせると、通路を挟んで向こう側の同じく二人掛けの席に白い帽子を被った老人が座っている。やはり白い上着をきたその老人は目を閉じて眠っているように見えるが、この人が福本豊に似ている。福本豊がわざわざ朝から電車に乗って移動するはずはないのでたぶん違うが、似ているので見てしまう。

 

停車。電車が停止すると僅かにその停止に際して揺れを感じる。それで目をつぶっていた人たちは各々朧気な目を開いて顔を上げ、窓から、あるいは音によって現在の駅を確かめる。そしてまた頭を下げ、目を瞑る。電車は淡々とドアを締め、淡々と発車する。そのとき隣に座って眠っていた若い男が、まるで誰かに足を踏みつけられたかのように途端に腰を上げる。ここがどこか分からないかのように周りを見渡し、そして焦ったように今がどの駅かを確認しようとしている。アナウンスが次の駅を告げる。若い男はそれを聞くとまたゆっくり腰を下ろしたが、それが安堵のためか、絶望のためかはわからなかった。

 

停車。乗り換えのために降りる。主要な駅のため、たくさんの人が一斉に下車する。後ろから誰かに押されながら、後ろから誰かを押しながら、なんとか降りる。車両から外に踏み出ると、プラットフォームに各車両から降りだしてきた大量の人があふれる。全員が半分ずつプラットフォームの南北にある階段へ向かう。人混みに呑まれながら階段を上る。周りにはさまざまな年代の人間がいる。老人も中年も若者も学生もいろいろいる。制服を着た中学生もいるし、ランドセルを背負った小学生もいる。連絡通路を一群となって歩きながら奇妙な気持ちになる。子供のころからこの通学をし、老人になっても同じことをし続けるのだと思う。通う場所が変わるだけだ。階段を降りる。徹夜明けだから足元がふらつき、足を踏み外しそうになる。なんとか最下段を無事に降り、乗り換え先のプラットフォームに立つが、今度は点字ブロックの上で転びそうになる。何感覚と言うんだったか、それがずれている。確固たる足取りで進む小学生の横をふらふらと、いつ転んでもおかしくないように歩く。こちらのプラットフォームにはやはり人が溢れかえっている。列の後ろに並ぶ。すると反対側に電車が止まり、そこから降りてきた人達でまたプラットフォームに人が増える。危険なほどに人が溢れている。よく重さで崩れ落ちないものだなどと考える。 

 

電車が来る。乗り込む。またしばらくして止まり、乗り換える。支線だから空いている。しかし席は空いていない。乗り込んだときに、空いている座席が見えたので座ろうと思えば座ることもできたが、後ろから急いでその席を狙う女性がいたので、彼女に譲ることにして、自分は窓際に立った。動く景色。でも誰がこんな朝から景色、それも延々と続く住宅地の景色を見るだろう。空は曇っている。灰色の冬らしい外景が窓の外には広がっている。

 

そろそろ大学前の駅に着く。なぜ朝からこんな日記を書こうと思ったのか分からない。でも朝に日記を書くというのは珍しいように思う。これを日記と呼べるならの話だが。停車。あと一駅で着く。7時31分。忘れ物をしていないかが心配だ。

終わり。

 

 

日記

2020/11/19「定形外規格内郵便」

 前日の天気予報で示されていた通り、ここ数日の寒い気候から一転しての暖かい秋晴れの日だった。

 昼頃に外へ出てみると、まるで春の日和みたくぽかぽかとしていて、街は白い陽射しで満ちていた。しかし、そうと言って今日が過ごし良かったかというと、またそれは違う話で、今日みたいな急な夏の出戻りのような暖かい日は、外出の服装の点でも困惑したし、さらに少し湿気があったために生温かいという感じもあり、全体としては面倒な一日というのが感想だった。だから、寒くなってきたからと言って、暖かくなれば嬉しいというわけではないのが不思議ではあった。明日からはまた例年通りの気温に戻ると言うけれど、きっと冷え込めば冷え込んだで、今度は暖かくなってほしいと思うのだろうから勝手だと思う。

 今日は授業がないので昼頃に出て、明日締切の『現代詩手帖』の原稿をポストに投函してきた。これで現代詩を投稿をするのは二度目だけれど、やっぱり投稿することにはひとつの説明し難い高揚感がある。まず朝起きて布団の上で、ああ自分はきょう現代詩を投稿するんだ、と思い、顔を洗いながらまた、ああ自分はきょう現代詩を投稿するんだ、と思う。朝食を摂りながらも同じ言葉が頭に浮かぶし、それはパジャマから外出着に着替えているときも、コンビニのコピー機で原稿を印刷しているときも、街を歩いているときも、ポストの前に立ったときも、何度も繰り返し思う。そしてやっとポストの中にそれをするっと押し込んだときに、その呪文のような言葉と高揚感は嘘のように消えて、はたと目が醒め、ひんやりした不安感だけが後に残る。どうしようない駄作を出版社に送ってしまったのじゃないかという決して自分では答えを出せない疑念が、結果の出るときまでついてまわることになる。そういう意味では、この高揚感というのは、そんな不安を一時的に抑えて、人に原稿を投稿させるために湧き上がるものなのかもしれない。

 とにかく、現代詩を投函した。前回と同様に、速達で。東京まで定形外規定内郵便を送付するための410円分の切手が、自分にとって何かしら感慨にでもーーあるいは詩にでもーーなれば良いが、そんな筈はなく、たださもしい財布を無闇に痛めつけるだけだからいっそう深い溜息が出る。何よりも410円で財布が痛んでしまう自分の財力の無さが……と書こうと思ったけれど、これは何とも辛気臭いのでやめる。

 繰り返し。とにかく、現代詩を投函した。自分なりに選りすぐって5篇を投稿した。どれも短いものだから、ぜんぶ纏めても他の人の1篇程度の長さしかないかもしれない。短さに特別こだわったつもりもなかったけれど、とにかくそうなった。現代詩など作りはじめてまだ一月程度だから、長い行を統制出来ないか、あるいはそもそも言葉が出てこないだけかもしれない。後に作ったものほど長い傾向があるので、じっさいそういうことかもしれない。いずれにしても、結果はあまり気にしていない。失望しないために期待しないでいるのではなく、単純に自分の詩には技術というものが微塵もないからだ。思考の断片や、小説の種みたいなものを現代詩らしい形にしているだけに過ぎない。なにせまだ読了した現代詩集は数冊程度だから、現代詩というものをほとんど理解していないに等しい。だから結果を気にするのは買いかぶりというものだろう。それでも不安が心に起こるのは神経質さが原因なのだと思う。

 その帰りにジャン・ジオノの『ボミューニュの男』を図書館で借りた。これはあの素晴らしい『丘』の続編に当たる作品で、牧神三部作における二つ目らしい。訳者も同じ、山本省という方。彩流社という出版社から出ている。まだ軽く頁をたわむれに捲ってみた程度だけれど、ジャン・ジオノは何より文章が魅力の作家なのできっと外れはないと思う。余裕があれば書評を書きたい。『丘』では、書き始めつつも、何となく書き上げられなかった。最近は書評を書いていないし、まとまった文章も書いていない。修士論文は書いているけれど、あれはまた別の脳味噌の使い方をしていて、文章を書く快楽のようなものをなかなか感じづらい。そう言えば、大学のエッセイも書いていない。日記も久しぶりだ。前の記事は全て消したからこれが最初の記事になる。このブログ記事をいくつか書き溜めては、全て消去して、いちからまた作り直すということはもう何度もやっている。それはそのまま価値観の転換があったということでもある。だからこの記事も近いうちに消えるかもしれない。

 何でこんな話になったのだろう。寝る。

 

引用

ここを先途とばかりに仕事にかかろうという決意がもっと弱かったら、おそらく私はすぐにでも仕事を始めようと努力したかもしれない。されど、私の決意は揺るぎないものだったし、二十四時間経たないうちに、まだそこに達していない以上どんなことでも書き込むことができる明日という一日の空白の枠のなかで、私の有益な意向は容易に実現されるはずなのだから、気分の乗らない晩を選んで始めるべきではないだろうと考えたのである。だが、悲しいことに次の晩もその次の晩も同じように、仕事を始めるのにふさわしい晩にはならなかった。それでもまだ私は理性的ではあった。何年もその日を待ち続けた者が、三日間の遅れを我慢できないとしたらあまりに幼稚であろう。明後日には数ページ書き終えていると確信していた私は、もはや自分の決意を両親にはひと言もいわないことにした。数時間我慢して、書きかけの原稿を祖母のところほ持ってゆきたいと思ったのだ。祖母は慰めを感じ、得心してくれるだろう。残念ながら、その翌日は、私が熱烈に待ち望んでいた、私の外側に存在するあの宏大な一日ではなかった。その一日が終わったときにわかったのは、私の怠惰と、私のなかにある何らかの障碍との苦しい格闘がただ単に二十四時間続いただけということだった。数日経っても私の計画は実現していなかったので、もはや私は、それがすぐにでも実現するという希望を失い、従って、それを実現するためにすべてを従属させる勇気も持てなくなった。私は再び夜更しになった。夜、早い時間に床につくようにすれば翌朝には仕事を始められるという確かな見通しがもうなくなってしまったからである。もう一度勢いをつけて前に進むためには、数日間息抜きが必要だった。そしてただ一度だけ祖母が、優しいけれど失望のこもった口調で「あら。あの仕事の話はもうしないことになったの?」と、あえて私に対する非難の言葉を口にしたとき、私は祖母を恨んだ。私が最終的に断乎とした決意を固めたのが分からない祖母は、不当な非難を私に浴びせて私を苛立たせている、こんな苛々した状態では仕事を始める気にもならない、祖母のせいでまたしても日延べしなくてはならないし、それも恐らくは長い間の延期になる、こう私は確信していたのである。自分が疑いを抱いたことがひとつの意志を闇雲に傷つけたと感じた祖母は、そのことを侘びて、私にキスをしながらこう言った、「ごめんよ、もう何も言わないから」。そして、私が気落ちしないように、元気になったら、それに伴って仕事も向こうからひとりでにやってくるからと断言した。(「花咲く乙女たちの陰に」スワン家の方へ)